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反原発デモについて、ネット事情・・

2011年9月24日(土)掲載

 9月上旬の反原発デモで逮捕者が出る騒ぎとなり、ネット上で不当逮捕だとの主張や動画が配信され、話題となっています。その中の一つの動画を観てみました。描写すると:
 「反原発を訴えるデモ参加者と警官は入り乱れ、騒然とした場面。姿は見えないが、拡声器からはデモ参加者にけんかを売るような挑発的な怒鳴り声が聞こえている。デモ参加者の中に、原発事故で見慣れた白い防護服にマスクを着けた男女と思われる二人。そのひとりが拡声器に向かって挑発する仕草をすると、複数の警官がそれを制止する。それでも止めない防御服に警官が制止しながら何か話している。そんな小競り合いが数秒続いたかとおもうと、警官がその防御服に対して柔道の技で投げつけ取り押さえた。防御服は大きな抵抗はしていない。周りには逮捕者を助けるどころか、手に手に携帯電話で写真撮影をする人々。数分経過後、護送車に連れて行かれたのか人混みに消える。」
 (これが私が動画から受けた率直な印象であり、その事実を保証、あるいは描写に責任を負うものではありません。)
 別の動画でジャーナリストのI氏は逮捕されたフランス人男性にインタビューを行い、その逮捕の不当性を訴えており、ネットでは多く人々が不当逮捕だとして意見を寄せています。ところが、私の目には、警官は逮捕前に何かを話しており、逮捕の警告を事前に行っているのではないかと思えたのです。騒然とする中で、挑発し合うグループに対して“どちらが悪い”との観点ではなく、暴動を未然に防ぐための必死の努力を行っているように見えました。
 ジャーナリストのI氏は、逮捕された側のみの取材で不当逮捕と抗議しているように思います。(全てを調べてはいませんが)また、その取材スタイルには、二昔も前の、学生運動の頃の国家権力や警察に対する敵対心や不信感丸出しの発想を思い出しました。群集心理が渦巻き騒然とした現場で、デモ参加者は興奮し過激になる気持ちも分からなくはありませんが、一触即発の現状であれば、小さくとも暴動勃発の芽を潰そうとするのは当然の行動だと思います。仮に暴動が起きて一般市民が巻き添えになった場合は警察の責任となるでしょう。動画を観る限り、その危険性は十分あるように見えました。

 そのような理由から私は、「不当逮捕」と抗議する一人のTweetに「私が見る限り公務執行妨害ととられてもしようがないと感じました。」と述べたところ、大きな反響がありました。みんなで敵に向かって心がひとつになったところに横やりを入れられた気分なのでしょうか、Twitterに乱暴な言葉を発し、逆ギレ状態で反論というよりも誹謗中傷が行われました。しかも一人ではなく大勢の無責任な人がその誹謗中傷に加わってきたのです。もちろん私はそのような失礼な言い回しのtweetには対応しません。挑発すればするほど中傷合戦となり、全く無意味な議論となることが明白だからです。
 私に対して次のような意見と質問もありました「公道で『射殺しろ』などと公言することについてはいかがお考えでしょうか?あなたがご覧になった都合の良い動画にはそれが映っていなかったのでしょうか?」また、「在特会の無許可の歩道上のデモ行為には『挑発行為』とは 思わないのでしょうか?と言うことは自民党、警察、在特会はグルでは?との疑念が。」
私は:「拡声器でがなりかけている在特会と思われる団体についての質問があった。『逮捕者とどっちが悪いのか』みたいな質問は警視庁にしていただきたいと考えます。」とTweetしました。人によっていろいろな物事のとらえ方が存在することは事実でしょう。それを批判することが理解できません。いつの間にか非難の矛先が意見の違う人に向かうこと、紛れもない「八つ当たり」です。
 これらの一連のやりとりで感じたことは、
1, ネット上において、匿名の場合は特に乱暴な言葉を発したり、議論ではなく誹謗中傷的なコメントが多く見られる。
2, 意見の違うものを聞き入れようとする姿勢はあまりない。
3, 批判の対象が本論ではなく、しばしば異論を唱える者に変わることがよくある。
4, 本筋の議論ではなく、揚げ足取りの議論に展開しやすい。

 ネットは匿名という“安全地帯”から誰もが気軽に意見を述べる事ができるのですが、その一方で“本性むき出しの醜い心まで露わになるものだと実感しました。建設的な議論は難しいものですね。

 

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