「軒並み自動販売機が並んでいるこんなばかな国なんて世界中にない。パチンコ屋だってそうじゃないの。福島の原発と同じくらいの電力を消費しているのは社会全体で反省したらいい。」東京都知事に再選を果たした石原慎太郎氏の電力不足に関するコメントです。
 電力不足が生じ突然不便を強いられる東京都民が、よってたかって自販機を悪者に仕上げる構図は、パニック時におこる集団心理の一種のように思えます。怒りや不安の矛先を何か(誰か)にぶつけることで、集団がひとつになる。これはいじめと同じではないでしょうか。確かに諸外国の路上にこれほどの自動販売機があふれている国はない。しかし、そのことが我が国の治安の良さの象徴であり、大いに胸の晴れる事象だと私は思っていました。さらに、電力の無駄だとの批判はこれまであまり目にしたことがなかったのに・・・関係者は、なぜ突然に?との戸惑いを感じているのではないでしょうか。 
 かつて、タバコの自動販売機が青少年野喫煙抑止の妨げになるとの批判を浴びた時、私は販売者の側に立って考えたことがあります。大手のコンビにと違って、零細なタバコ小売店はタバコの自動販売機に大きく依存せざるを得ない。当時はタスポの導入の考えはなかったので、自動販売機を全て撤去するべきだとの主張が主流を占めていました。それを生業としている人の声を全く考慮しない一方的な意見だと感じたことがあります。しかも、その先頭に立って述べているひとは農家。当時、米の輸入の問題が大きな話題となり、「小規模な農家を守ることは日本の農業・食料を守るのだ」と言っていることと対比しながら、複雑な思いをしていたことを思い出します。
 現在の電力不足をみんなが協力して節電につとめることで、計画停電を阻止し、公共性の高い電車や信号機、経済効果の大きい生産分野への影響をすくなくすることには多いに賛成しますが、自動販売機を諸悪の根源に見立て、一斉に批判することで良いのでしょうか。それを販売の主流とするメーカーも存在し、自動販売機を製造しているメーカーや小売店などのことをどれだけ考えての発言だろうと考えてしまいます。さらに「コンビニを利用すれば良い」と述べたように記憶していますが、24時間営業のコンビニの電力消費量は自動販売機と比べて少ないとでも言うのでしょうか。自動販売機もコンビニも同じ割合で節電を義務づけるというのなら分かりますが、あまりにも一方的、突然すぎはしないかと私は疑問を持っています。
 都議会民主党は自販機の節電を義務づける条例案を検討中とか。パチンコに関しては触れられていません。なぜなのでしょう?
 
 ついでに、あるエピソードを紹介します。
 ある集会のゲストとして、控え室で6〜7人が同席しました。ごく当たり前に、おのおの名刺交換が始まり、ある人は私が名刺を差し出したところ「名刺持っていないな〜、俺、こういうの嫌いなんだよな〜」と言っていました。私は、ひとりの社会人として、初対面の人になんて失礼なひとなのだろうと感じたことがあります。こういう政治家もいるのですね。

 政治家とは多少の誤解を恐れずに、インパクトのある言葉を発して問題提起をすることはしばしば見受けられますが、今回の「自動販売機」悪玉論の真意はいかに・・・